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#162

毎日使っても飽きないものを【ゲスト:ソルヘユン】

今回のゲストは、スコープカンパニー代表のソルヘユンさんです。1985年、韓国・ソウル市生まれ。東徳女子大学を卒業後、株式会社良品計画の韓国法人「MUJI Korea Co., Ltd.」に入社。その後、TOMSやCanada Gooseなどのブランド輸入を手掛ける企業で、MD(マーチャンダイザー)として経験を積まれます。2014年にセレクトショップ「SCOPE SEOUL(スコープ ソウル)」を立ち上げ、2015年にはアメリカ発の琺瑯製テーブルウェアブランド「Crow Canyon Home」と契約。現在は、SCOPE SEOULを運営するSCOPE COMPANYの代表として、ライフスタイルにまつわるさまざまな商品を韓国で紹介されています。その経歴や経緯を深堀ります。

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#161

前回のテーマなしで雑談したら泥仕合になった、という猛省を踏まえ、今回は事前に「おじさん臭さとは何か」というソリッドなテーマを設けて収録に臨みました。二村、田嶋、大内、そしてぼくの4人が勢揃いの中、冒頭では前回収録で言い忘れた田嶋がライティングを手掛けた『一度ハマると抜け出せない インド料理の歩き方』(三笠書房・発売中)の露骨な宣伝をさせていただきました。お近くの書店やネット書店でご覧いただけます。ぜひチェックしてみてください。 まずは世間を騒がせた「おじさんの短パン出勤規制ニュース」から議論はスタート。 女子社員からのクレームで短パンが禁止されたという話ですが、ぼくや田嶋の見解は「短パンそのものが悪なのではなく、年齢とともにみなりを整えること(おしゃれ)を諦め、圧倒的な暑さ対策優先にシフトした『降りた感』こそがおじさん臭さの正体だ」というもの。二村は、足が細くてフォルムが綺麗に見えるから短パンが好きというこだわりはあるものの、若者から見れば等しく気持ちの悪いモノでしかないのかもしれません。 そこから話題は、ぼくらが無意識に使ってしまう「おじさん言語・ファッション用語」の検証へ。 ・「パスタ」と言えばいいのに「スパゲッティ」 ・「パンツ」と言えばいいのに「ズボン」 ・「スウェット」と言えばいいのに「トレーナー」 ・「フーディ」と言えばいいのに「パーカ」 ・「ニット」と言えばいいのに「セーター」 ・「スニーカー」と言えばいいのに「ズック」 ぼく的には、原稿で「フーディ」と書くのが当たり前な現代において、頑なに「スパゲッティ」と呼び続けるのは、おじさん特有の「ペンネ等と誤解を招かないための気遣い(?)」だと思うのですが。回転寿司のタッチパネルを指して「そこの画面取って」と言ってしまう田嶋の言動も含め、言葉の端々に昭和の残り香が漂います。 極め付けは、セクハラまがいの発言をした後に自ら「……違うか!」と大声でかき消すおじさん特有の免責話法です。「今日デートなんじゃないのか?……違うか!」と、「知らんけど」のニュアンスで自己保身を図るあの哀愁。かつてぼくらの少年時代に流行った無意味な接客語「てか」や「ドロン」と同様、言葉の背景に透ける照れ隠しと図々しさこそが、おじさん臭さの本質なのかもしれません。 なお、途中で盛り上がった「路上での排泄(野グソ・立ち小便)の思い出」については、公序良俗とコンプライアンスの観点から完全カットとなりましたことをここにご報告いたします。 ぼくらがどれだけ若作りを気取ったところで、ふとした瞬間に漏れ出る「違うか!」の精神。みなさんも自分の言葉遣いが「ズック」や「ウエップ」になっていないか、今一度チェックしてみてください。 TEXT:ユスカル https://www.wowrecords.jp/ 『一度ハマると抜け出せない インド料理の歩き方』 https://amzn.asia/d/052AMid1

「違うか」の哀愁と、ぼくらの無意識なおじさん言語【補講・後編】 「違うか」の哀愁と、ぼくらの無意識なおじさん言語【補講・後編】 「違うか」の哀愁と、ぼくらの無意識なおじさん言語【補講・後編】 「違うか」の哀愁と、ぼくらの無意識なおじさん言語【補講・後編】

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#163

今回も二村、田嶋、大内、そしてぼくの4人が勢揃いしての収録。前回に引き続き、雑談からぬるっと入るのをやめ、タイトルコールから始める、という基本フォーマットに戻してスタートしました。 まず話題は、ぼくが体験したある「上京と別れ」のエピソードから始まります。 30年以上前に他県から上京し、東京の夜遊びシーンで活躍してきた先輩が、奥さんの実家がある四国へ移住することになり、先日その送別パーティーがありました。自らの東京生活の終焉を静かに噛み締める先輩のプレイを観ていて、ぼくは思わずもらい泣きしそうになってしまったのです。 地方から上京し、30年以上を東京で過ごした人間が、生活を畳んで街を去る。その感慨の深さは、住んだ年数や距離だけでは測れないものがあります。 二村いわく「地方出身者はみんな東京へ戦いに来ている」とのこと。 ネットのない時代、雑誌やテレビの中の別世界だった原宿に乗り込み、勝負を挑んできた自負があるからこそ、東京を去る背中には並々ならぬ哀愁が漂うワケです。 そこから議論は「日本三大都市はどこか」という主観ランキング論争へ。 東京・大阪は満場一致として、3番手は名古屋か、福岡か、はたまた札幌か。 横浜は人口こそ多いものの「東京圏のベッドタウンだから除外」という二村の暴論や、名古屋人が抱く「福岡に人口で抜かれたくない」「名古屋飛ばし(コンサートが素通りされる現象)への鬱屈」といった地元トークで勝手に盛り上がります。 さらに、お盆の時期にガラガラになった山手線を見て「田舎者が一斉に帰省しやがって」と斜に構える二村の偏見から、話はなぜか「夏の風物詩と衛生マナー」へと脱線。 ・花火は冬の方が空気が澄んで綺麗なのに、なぜ夏にやるのか ・他人の唾液が混ざりそうな「流しそうめん」の下流ポジションの不快感 ・大皿料理を分ける際の「取り箸」や「焼き鳥を串から外すマナー」の是非 ・親戚のおばちゃんがやりがちな「箸を裏返して料理を取るアピール(でも手で触っているから逆効果)」問題 生肉用トングと焼き上がり用トングを厳格に分ける現代の過剰な衛生管理に憤る田嶋と、「お店のリスク管理としては当然だ」と突っ込む周囲。 結局、東京への執着から焼き鳥の箸使いまで、大人になりきれないおじさん4人の愚痴は尽きることなく、ダラダラとした空気のまま幕を閉じました。 地方を背負って戦い続ける人も、大皿料理の直箸に怯える人も、それぞれの距離感でこの息苦しい日常をサバイブしていきましょう。 TEXT:ユスカル https://www.wowrecords.jp/ 『一度ハマると抜け出せない インド料理の歩き方』 https://amzn.asia/d/052AMid1

東京を畳む夜の哀愁と、大皿料理の「取り箸」マナー論争【補講・前編】 東京を畳む夜の哀愁と、大皿料理の「取り箸」マナー論争【補講・前編】 東京を畳む夜の哀愁と、大皿料理の「取り箸」マナー論争【補講・前編】 東京を畳む夜の哀愁と、大皿料理の「取り箸」マナー論争【補講・前編】